東洋の陰気な泥棒
日が沈み出す頃、電車に乗り込んだ。
この時間の横浜線はすこし混んでいて、座る座席が見つからない。
今日は荷物が多くてバッグが重いんだ。
座りたかったな。
が、まぁ、立ち乗りの客は少ないし、満員電車で揉まれるよりマシか。
そう自分にいいきかせ、持っているバッグを棚に置いた。
瞬間、
同時に隣の乗客も棚に荷物を置いた。
大きなバッグ一つと、きんちゃく袋のようなもの一つ。
大きなほうのバッグが、私のバッグにすこし覆いかぶさるような形だった。
む。
バッグには貴重品も入っていたので、上に置かれては困る。
そう思い横へ少しずらした。
その後、ちらりと横の乗客の顔を見てみると、
向こうもちょうどこちらを向いており、目が合ってしまった。
黒髪がぼんやり見えていたので、てっきり日本人かと思っていたら、
深い彫りが特徴的な碧眼の外国人であった。
どうも相手は悪気がなかったようで、ニコッと笑いこちらを見遣っている。
私はとっさに目をそらし、反対側が空いていたのでそちらへ移動した。
*
しばらくして座席が空いた。
一息つくと、さっきの外国人のことが急に気になりだした。
あれ?
外国人は目が合ったとき、ニコッと笑っただけでなく、
Hi.と言わなかったか。
よくよく思い返してみると、たしかに挨拶をしてくれていた。
なんてことをしてしまったんだ。
はるばる日本に来てくれているのに、
あろうことか私は無視をしてしまうとは。
しかも、疲れ切っていたから、とても陰気な顔をしていたはずだ。
外国人のいたほうに目をやるが、次々と乗り込んでくる乗客が盾となって姿がみえなかった。
身長はわりかし高かったので、盾があってもみえるはずである。
そこで足元をみてみると、反対側の座席付近にそれらしき足を見つけた。
ああ、座席をゲットしているのか。
それから、外国人にどう弁明しようか考えていると、向こうからボリュームを抑えた楽しげな声が聞こえてきた。
訛りのある日本語と女性の声だ。
あ、もしかして、外国人が隣の女性に話しかけたのかな。
電車が停車して乗客が乗り替わる瞬間、ちらりと向こうをみてみると、予想はズバリ的中。
よかった....
私の心に安堵感が広がる。
無視したせいで、気を悪くしたんじゃないかと心配だったのだ。
楽しそうにしている姿をみると一件落着した気持になった。
*
最寄りの駅へ着いたので、向こうに置いていたバッグを取りにいく。
喋り相手の女はすでに降りていたようで、外国人は一人で空を眺めていた。
私がバッグに手を伸ばすと、下からヌッとした視線を感じる。
外国人は私が隣のバッグ(外国人のバッグ)を取るのではと警戒していたようだ。
まあ、外国人からしたら日本は外国なので、警戒し過ぎておかしいことはない。
電車を降りて改札へ向かう途中、
外国人のほうを見遣った。
ドアが閉まり、徐々に進みゆく電車の中、外国人は立ち上がって何やら棚の方を指差していた。
反応から察するに、パスポートの入ったきんちゃく袋がなくなったと騒いでいるようだ。
電車がホームを去る間際、外国人がこちらを向いた。
今度の彼に笑みはなく、およそ日本人には真似できそうもない激しい怒りの感情をむき出しにしていた。
カナダに帰ると彼は親しい友人たちに今回の旅行について聞かれることだろう。
そのときにする話はこうだ。
飯もうまいし、治安もよかったよ。
ただ、
東洋には陰気な泥棒がいるから気をつけろ。