自分に嘘をつかない

内面を言葉で表現する

神様/ The runaway crow

 

神様

 

昼間、食料を買いにスーパーへ行った。

 

コロナの影響か、皆マスクをしている。

 

会計時、俺がマスクをしてないためか、レジのババアは明らかに嫌そうな態度を取った。

 

お釣りはレシートの上に放って、そのまま無言で次の客の対応をする。

 

ババアの態度が俺にだけ冷たかったことは、次の客への接客をみて即座に分かった。

 

ハラワタが煮えくり返る思いで帰り道を歩く。

 

ふと、あることに気づいた。

 

「あのババアの中では、俺は悪者だったんだ」

 

そう、あのババアの見えている世界では、俺は悪、そしてそれに対抗するババアは善だったのだ。

 

すると、ふと、ジブリ作品やハリーポッター、、宗教や以前出会った不良、ネット商材屋、自分の性欲を思い出した。

 

俺の中で稲妻が走る。

 

そうだ、人はそれぞれ世界を持っていて、その中でしか生きられないんだ!

 

なぜジブリ作品やハリーポッターにあれほど惹かれるのか

 

なぜ宗教にあれほど求心力があるのか

 

なぜ不良は文化的娯楽を楽しまずに金・女・暴力しか求めないのか

 

なぜネット商材屋は狂ったようにマインドセットとうるさいのか

 

なぜ俺は異性との付き合い方や性欲に関してとてもうるさいのか

 

これらすべての謎が一気に解決した。

 

そうだ。

 

みんな自分の世界を持っている。

 

その世界はおそらく幼少期の、親をはじめとした周囲の環境によって創られる。

 

その世界は拡張したり変化したりする。

 

おそらくそれは、出会いや経験、モノや他人が影響を与えている。

 

とはいえ、世界をいっぺんに大きく変化させることはとてもパワーがいる。

 

耐えられない人は世界が崩壊して死んでしまう。

 

ジブリやハリーポッターは、あれは一つの世界を作品にしているので、個々人が自分の世界を拡張させたり変化させたりするのに繋がりやすい。

 

だから自分の世界に満足していない人は惹かれる。

 

宗教は、個々人の世界を大きく変化させるのに役立つ。

 

通常いっぺんに世界を大きく変えると人は耐えられない。

 

世界に矛盾がでるからだ。

 

だが宗教は世界を細部まで作り込んでいるので、世界を丸ごとすり替えやすく、自分の世界に絶望している人に役立ちやすい。

 

不良も同じ。あいつらはクローズのような世界を持っていて、あいつらの世界ではテッペン取るまでは行かずとも、人の上に立っている感覚が大事なのだ。

 

そして世界の拡張・変化は自分の世界に満足してない人がするものであり、もともと悩みの少ない不良は世界への満足度が高いので、ずっと不良のままで変わりづらいという仕組みだ。

 

だから、半端な不良はぼちぼちうまくいってるので生意気なままで、

 

本職の人は組織でなかなか思い通りに行かず、世界の拡張・変化を望み、謙虚な姿勢になるというわけだ。

 

ネット商材屋がマインドセットにうるさいのも、自分の世界を変えたいから。

 

マインドセットはある種方法が系統立っており、ミニ宗教と言ってもいい。

 

とはいえ、系統が乱立して世界の荒いものもあるので、大きな拡張・変化に耐えやすい人でないと難しいだろう。

 

最後に俺の異性との付き合い方や性欲についてだが、これもそういう世界を築いたからと言える。

 

おそらく恋愛観は少年ジャンプの影響が強い。

 

一人を想い続けるというのは身近な人たちの影響だろう。

 

俺の家族は親族含め離婚者が一人もいないので、なんというか自慢だが、身持ちが固いところがある。

 

だから異性関係ではヤンチャになり切れない。

 

そういう世界を創る環境にあり、それをジャンプで肯定し続けてきたからだ。

 

今回の考えはわりと重要な気がする。

 

つまり、人はみな神様になれるということだ。

 

自分の世界を創る神様。

 

うーん、ただ問題点は、自分を神様にしてしまうと自己愛が肥大しすぎてしまうんじゃないかなということ。

 

ここらへんは、伝統的な宗教の教義の中に解決法があったりするんじゃないだろうかと睨んでる。

 

 

【今日の寓話】

 

Title: The runaway crow

 

 URL: 

http://hukumusume.com/douwa/English/aesop/01/14_E.html

 

感想:

今日もイソップ寓話から読んだ。

 

タイトルは逃げたカラス。

 

内容は、

 

カラスが飼い主から逃げ出すも足についた紐が木に絡まり飢え死にする、

 

という話。

 

教訓はこう。

 

考えなしに行動すれば、小さな危険から逃れようとしても、もっと大きな問題にしてしまう可能性がある

 

行動するときはきちんと考えようって、当たり前のようで難しいことですよね。

 

自分を振り返ってみても、ガムシャラだったことが何度もあります。

 

そして失敗するたびによく考えることの大切さを思い出すのですが、考えすぎてもなぁという気持ちもあり、このバランスがなかなか難しい。

 

好きな言葉に

 

JUST DO IT.

 

というのがあるぐらいなので、闘牛のように何も考えず突っ込むのですが

 

もう少し考えようかな

 

たしかに、行き当たりばったりだと詰む気がする。

 

きちんと考えようと思う。